終わりがない

ちらかって片付かない日々。車、バイク、カメラ、自転車、ギター、ガレージ、旅、その他。

足の親指で踏む

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自宅が長野の標高1000mを超えた地点にある。会社が関東にあり、日頃は小さな賃貸の部屋に居るのだが、このS30のキャブレターもその関係で平地用にセットアップしてある。標高1000mぐらいならば平地用のセットアップでも走れるが、やはり若干かぶり気味。朝一番の始動などはアイドルでエンジンを暖めるのも気が引ける。

キャブ車は大変じゃないですかと聞かれることが多い。大変なのかな。確かに制御らしき制御は、スロットルワイヤーでスロットルを強制開閉し、ジェット類で空気と燃料の流入量を決め打ちで調整する程度。気圧や吸気温、スロットル開度、水温、エンジン回転数・・・各種の条件を加味して燃調を取るなんて芸当はできない。エンジンから発生する負圧で、燃料と空気を吸い込んでいるだけで、自然に身を任せた的な話。よって、構造さえわかっていれば、さほど大変なことはない。

いまの車は、アクセルを踏んでも電子スロットルなので踏んだとおりにはアクセルが入らない。諸条件に沿ってコンピュータが演算を行い、そのあたりを補正してくれる。キャブ車にはもちろんそんなものはない。エンジンが欲してない状況でいくらアクセルを踏んでもプラグを濡らすだけ。

キャブ車に乗って感じるのは、自分のアクセルワークの乱雑さ。「・・そうだった」と気づくのである。足の親指にそっと力を入れてアクセルを踏む。様々な"辻褄"が合っていると、音がきれいに揃っていってクランクの滑らかな回転を感じられる。新しい物や、出てくる技術はそれはそれで素晴らしい。しかし自分と車の間に何も挟まらない古い車両は、操ってる実感が得られて本当に楽しい。機械は機械、意思や生命はそこに宿らないのだけれども、通じ合う瞬間みたいなものがあるよなあ。

盛夏

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家の中で高校野球を見たり、映画を見たり、家の棚作りの話をしたり、それこそ他愛のない話をしたり。年がら年中ガサゴソと動き回ってることから考えれば、ずいぶんのんびり過ごした1週間あまり。これはこれで心地よい日々だった。

見せてやりたいと思っていた嬬恋村のキャベツ畑。夏らしい雲に、湿った空気。

ひたすらのんびり

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盆休みの前半はキャンピングカーに乗って「そこいら」の海岸で飲んで寝た。誰もこないような海岸で食事して、海風に吹かれつつ酒を飲む。酔いが回ったら寝る。これが何とも言えず楽しいし、特別な夜になるから面白い。テントを張って寝ること自体が特別と感じるならば、そこに家がついてくると想像してほしい。まあ、なんともいえず、何回やっても楽しい。こんなことを楽しいと心底思う自分は、本当に根無し草なのかね。

「迷う」と「悩む」

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なんだか頭の上にもやもやと。これは悩みなんだろうかと思い巡らしてみるものの、昔からほとんど悩んだという記憶がない。天性のヌケ作? 迷うことは日常茶飯事なのだが。

この種の話は枚挙に暇がないと思う。googleの検索窓に悩みだの迷いだの打ち込むと、おそらく「カードで現金」的ないかがわしい情報が並ぶか、大事なことは誰も教えてくれない的なノイズがたんまり羅列されそうだ。

まあ悩むなんてことは、まだ余裕があるんだろうな。

68' 911Sが飾られる

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うちにある車は入退院を繰り返す虚弱体質の旧車ばかりなのだが、その中でも結構手のかかった68' 911Sが幕張メッセで開催されている旧車の見本市で片隅に展示されている。

この車はホイールベースが短い初期の頃の911で(いわゆる「SWB」と呼ばれるナローポルシェ)貴重と言えば貴重。車は乗ってナンボ。これで長距離ロケに出かけたことが何度もある。とてもコンクールコンディションといえたものではないが、走るに困らず、これからも大きなトラブルが出ない程度には手を入れた。

買ったときの状態がひどかった。フロアは腐ってるし、右前・左後ろは事故の修復がいい加減で、足回りのトーションバーは曲がってる始末。さらにエンジンもいい加減に組まれた様子。

フロアを新品パネルで張り替え、前後は鈑金再修正、足回りはすべてやりかえ、エンジンを下ろして若干オーバーホール。現在は元気に走ってくれる状態に。

いろんな人のところを渡り歩いて、50年近く走ってる車だからいろいろあって当たり前。旧車はとにかく状態のよいものを手に入れるのが一番だろうと思うけども、とにかく根気よく手を入れる覚悟がないと乗れない。

車の面倒を見てくれている人が、本当にリーズナブルにやってくれたのだが、まあいったいいくらかかっただろう。思い出さないことにしよう。足腰立たなくなるまで乗るつもりなので長い目でみれば、まあよいのだ。

ヨボヨボになり縁側でお茶を飲むのではなく、この車の隣に婆さんのせて、峠でタイヤをキャーキャー言わせて走るのが目下の目標である。

※キャプチャ画像はWEBCGより。こちら